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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)129号 判決 1999年3月11日

ドイツ連邦共和国5100 アーヘン ポメロッテルベーグ 18

原告

アンドレアス パベル

訴訟代理人弁護士

大場正成

同弁理士

黒瀬雅志

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 伊佐山建志

指定代理人

三友英二

内藤照雄

井上雅夫

小池隆

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための付加期間を30日と定める。

事実

第1  請求

特許庁が平成6年審判第19842号事件について平成9年12月8日にした審決を取り消す。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和53年3月23日、名称を「携帯用ステレオ音楽等聴取装置」とする発明につき特許出願(昭和53年特許願第32475号)をし(1977(昭和52年)年3月24日イタリア国でした特許出願に基づく優先権を主張)、昭和58年7月19日これを実用新案登録出願に出願変更し(昭和58年実用新案登録願第111089号)、昭和62年2月19日上記出願変更したものから本願に係る発明を分割出願し(昭和62年実用新案登録願第23529号)、平成2年3月12日特許出願に出願変更したが(平成2年特許願第60901号)、平成6年8月1日拒絶査定を受けたので、同年11月28日拒絶査定不服の審判を請求した。

特許庁は、この請求を同年審判第19842号事件として審理した結果、平成9年12月8日、本件審判の請求は成り立たない旨の審決をし、その謄本は、平成10年1月14日原告に送達された。

2  本願特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下「本願発明」という。)の要旨

ステレオ音響を聴取中に使用者の身体の運動を妨害することなく使用者が自由に動き得るとともに手を自由に使用できるように使用者の身体に取付けられて操作される個人用携帯HiFiステレオ音響聴取装置であって、

(a)音響信号を記録した担体から同時に少なくとも一対の互いに異なるステレオ音響電気信号を読み取る読み取り装置を備えた小型化された信号生成手段と、

(b)前記読み取り装置から前記一対のステレオ音響信号を受け取り信号の増幅を行う小型化されたステレオ音響信号増幅手段と、

(c)前記増幅手段からのそれぞれ異なる出力信号を別々に受け取りHiFiステレオ音響を再生する、唯一のシステムステレオ音響再生手段であって、前記読み取り装置から物理的に隔離し得る少なくとも一対の小型軽量化された両耳式のステレオ音響イヤホーンと、

(d)前記読み取り装置および前記増幅手段に電気的に接続されたバッテリを備えている電源手段と、

からなる聴取装置(別紙1第1図ないし第3図参照)。

3  審決の理由の要点

(1)  発明の要旨等

本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  引用例

<1> 実願昭46-21626号(実開昭47-17613号、昭和47年10月30日公開)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(甲第3号証。以下「引用例1」という。)には、次のような発明が記載されている。

ステレオ装置と携帯用小型テープレコーダーに兼用できる小型カセット筐体であって(明細書3頁7行、8行)、

このカセット筐体5内には少なくともメカ機構及び録音回路、ステレオヘッドを内蔵しており、12は録音、再生、早送り、巻き戻し用の操作釦、13はカセット蓋のエジェクト釦である(明細書2頁6行ないし9行、第3図(別紙2第3図参照))。

このカセット筐体だけをポケットに入れたり、手にさげたり、かばんに入れたりして携帯・・・。必要に応じて、イヤホーンで聴ける簡単な再生回路を内蔵するようにしてもよい(明細書2頁13行ないし18行)。

全体がコンパクトにまとめられている(明細書3頁5行)。

<2> 実公昭46-10576号公報(甲第4号証。昭和46年4月14日公告。以下「引用例2」という。)には、次のような発明が記載されている。

ヘッドホーン内に必要な電気回路を全て内装したラジオ受信機に係り、・・・。1は右側のケースであり、このケース1内にはFM高周波部7、FMステレオ復調回路8、左右それぞれの低周波増幅回路9、10よりなる受信回路と右側のホーン11とが内装されている。4は左側のケースでありこのケース4内に左側のホーン12が内装されている(1欄23行ないし33行、第1図、第2図(別紙3第1図及び第2図参照))。

(3)  対比

<1> 本願発明(以下「前者」という。)と引用例1に記載された発明(以下「後者」という。)とを対比すると、後者の「メカ機構、ステレオヘッド」は前者の「信号生成手段」に相当し、

また、後者の「イヤホーン」、「カセット筐体」、「再生回路」は、前者の「ステレオ音響イヤホーン」、「個人用携帯音響聴取装置」、「ステレオ音響信号増幅手段」にそれぞれ対応し、さらに、後者の「ポケットに入れて」と、前者の「使用者の身体に取り付けられて」は、「使用者の身体に保持する」点で共通するから、

両者は、「音響を聴取中に使用者の身体の運動を妨害することなく使用者が自由に動き得ると共に手を自由に使用できるように使用者の身体に保持されて操作される個人用携帯音響聴取装置であって、

音響信号を記録した担体から同時に少なくとも一対の互いに異なるステレオ音響電気信号を読み取る読み取り装置を備えた小型化された信号生成手段と、

前記読み取り装置から前記音響信号を受け取り信号の増幅を行う小型化された音響信号増幅手段と、

増幅手段からの出力信号を受け取り音響を再生する音響再生手段である音響イヤホンと、

からなる聴取装置。」で一致する。

<2> しかし、以下の点で相違する。

(a) 相違点1

前者がHiFiステレオ音響装置であるのに対し、後者はステレオ再生とは明記していない点。

(b) 相違点2

前者が使用者の身体に取り付けられて操作されるものであるのに対し、後者はポケット等に入れて保持しているので、使用者の身体への取り付け手段を備えていない点。

(c) 相違点3

前者が、読み取り装置から一対のステレオ音響信号を受け取り信号の増幅を行う小型化されたステレオ音響信号増幅手段を備えているのに対し、後者はイヤホンで聴ける簡単な再生回路を内蔵するとしか記載していない点。

(d) 相違点4

前者が、HiFiステレオ音響を再生する唯一のシステムステレオ音響再生手段であって、前記読み取り装置から物理的に隔離し得る少なくとも一対の小型軽量化された両耳式のステレオ音響イヤホーンを備えているのに対し、後者は、単にイヤホーンとしか記載していない点。

(e) 相違点5

前者が、読み取り装置及び増幅手段に電気的に接続されたバッテリを備えている電源手段を有しているのに対し、後者はこれについて記載していない点。

(4)  審決の判断

<1> 相違点1について

携帯用の音楽等を再生する機器において、イヤホンで音響を聴取する際、左右の耳に対応して音響及び電気信号を少なくとも2系統にすることによりステレオにすることは、引用例2に記載のように周知のことである(ヘッドホンは、イヤホーンと同義語と認められる。)ので、後者のステレオヘッドを備えてステレオ電気信号を出力可能、かつ、イヤホーンでも聴けるカセット筐体において、該イヤホンで聴取する際、ステレオ音響を聴取可能なように内部の回路及びイヤホーンを構成することに、格別の困難性は認められない。

また、HiFiステレオにおける「HiFi」は、一般に「高忠実度」の意味で用いられていることは周知のことであり、上記のようにカセット筐体でステレオ再生を行う際、高忠実度にするか否かは、回路選択、回路内のバイアスの設定や、部品の仕様の程度等によって定められる設計事項にすぎない。

<2> 相違点2について

携帯用電気機器を身体に取り付ける手段は、実公昭42-7377号公報(甲第5号証)2欄17行ないし21行に「ポータブルラジオのケースは、上述したようにケース1の一側に肩掛け用ベルト7を挿通し得る一対の透孔9、9を設け、必要時にこの透孔9、9に肩掛け用ベルト7を挿通して携帯者の腰に確実に巻止めする」と記載されているように(第2図参照)、周知のものにすぎないので、後者のようなカセット筐体においてもこのような身体に取り付ける手段を設けることは、適宜実施し得る程度のことにすぎない。

<3> 相違点3について

後者のカセット筐体において、上記<1>で述べたように、ステレオ音響を聴取可能にする際、少なくとも一対であるステレオヘッドからのステレオ音響信号を受けて増幅するための再生回路が、ステレオ音響信号を出力できるようにすることは、当然行うべきことにすぎない。

<4> 相違点4について

後者のカセット筐体において、上記<1>で述べたように、イヤホーンでステレオ音響を聴取可能にする際、再生回路からのそれぞれ異なる出力信号を別々に受け取り、一対の両耳式のイヤホーンからなるステレオ音響を再生する構成は、イヤホーンとして当然採用しなければならない構成にすぎない。

また、後者において、イヤホーンをカセット筐体と物理的に隔離することも、カセット筐体をポケットやかばんに入れて携帯するとの記載からみて、当然採るべき構成にすぎない。

さらに、ステレオイヤホーンをどの程度小型軽量化するかも、必要に応じて適宜設定し得ることにすぎない。

<5> 相違点5について

後者のカセット筐体は、ポケットやかばんに入れたりして携帯して単独で用いるものであり、携帯性を損なわないように内部に電池を設けて動作させるようにすることは、当業者が当然実施し得る程度のことにすぎない。

(5)  むすび

以上のとおりであるから、本願発明は、引用例1、2に記載された発明及び前記周知事項に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

第3  審決の取消事由

審決の理由の要点(1)(発明の要旨等)は認める。

同(2)(引用例)は認める。

同(3)(対比)のうち、<1>は争い、<2>は認める。

同(4)(審決の判断)は争う。

同(5)(むすび)は争う。

審決は、課題の設定の困難性を看過し(取消事由1)、一致点の認定を誤り(取消事由2)、かつ、相違点についての判断を誤ったため(取消事由3)、進歩性の判断を誤ったものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。

1  取消事由1(課題の設定の困難性)

本願発明は、そもそも課題の設定に困難性があり、容易に推考することができたものではない。

(1)  発明が容易に推考できたかどうかの問題は、発明を知った後、その個々の構成要件を先行技術の改変で設計・製造可能かという問題ではなく、先行技術を見ればその時点で問題の発明が容易にできたかという問題である。

また、根本になる発明思想がなければ、技術的には容易であっても、個々の要素をそのように改変し、全体の構成要素を組み合わせることが容易ということにはならない。

(2)  本願発明の目的は、「ステレオ音響を聴取中に使用者の身体の運動を妨害することなく使用者が自由に動き得るとともに手を自由に使用できるように使用者の身体に取付けられて操作される」ことにより、動き回りながらどこでも聴取でき、「一対の小型軽量化された両耳式のステレオ音響イヤホーン」により、電車の中のようなところでも他人の迷惑にならないでステレオ音響を楽しむことを可能にするというものである。

(3)  引用例1からは、このような本願発明の発明思想に思い至ることはできない。

2  取消事由2(一致点の認定の誤り)

審決の一致点の認定(審決の理由の要点(3)<1>)は誤りである。

(1)  審決は、両者は「音響を聴取中に使用者の身体の運動を妨害することなく使用者が自由に動き得ると共に手を自由に使用できるように使用者の身体に保持されて操作される個人用携帯音響聴取装置」(甲第1号証6頁5行ないし8行)の点で一致する旨認定するが、誤りである。

引用例1においてカセット筐体5を取り外して持ち歩くのは、録音のためであり、持ち歩きながら聴くものではない。

(2)  審決は、両者は「増幅手段からの出力信号を受け取り音響を再生する音響再生手段である音響イヤホンと、からなる聴取装置」(甲第1号証6頁16行ないし18行)で一致する旨認定するが、誤りである。

引用例1の装置における聴取手段は、イヤホンではなく、大きなスピーカーである。

引用例1には、「必要に応じイヤホーンできける簡単な再生回路を内蔵させるようにしてもよい」(甲第3号証2頁17行、18行)との記載があるが、この記載は、録音を確認するためイヤホンを使うことを意味しているにすぎない。

3  取消事由3(相違点についての判断の誤り)

審決の相違点についての判断(審決の理由の要点(4))は誤りである。

被告は、身に付け、かつ、ヘッドホーンでステレオ音響を聴取可能にする思想が引用例2として存在するから、引用例1においてステレオイヤホーンを用いることに格別の困難性がない旨主張する。

しかし、引用例2に記載されたものはラジオ受信機であり、本願発明とも、また引用例1の音響再生装置とも、用途も構成も異なっている。すなわち、引用例2に記載されたものは、すべての機構をヘッドホーンの中に一体として組み込むもので、ラジオ受信機としては使えるかも知れないが、録音再生機構を含むポータブルステレオ聴取装置としては、頭に全部付けるのは重過ぎ、不快で、行動を妨げられ、本願発明の指向する目的と相反するものである。

このように目的も機構も全く違う引用例1と引用例2を組み合わせてみるという発想は当然に出てくるものではない。

第4  審決の取消事由に対する被告の反論

1  取消事由1(課題の設定の困難性)について

(1)  引用例1に、「音響を聴取中に使用者の身体の運動を妨害することなく使用者が自由に動き得ると共に手を自由に使用できるように使用者の身体に保持されて操作される個人用携帯音響聴取装置」が開示されていることは、後記2に述べるとおりである。

(2)  さらに、引用例1には、イヤホーンとしか記載されていないが、このような装置において、より具体化しようとすることは、当業者が当然行うことである。そして、より具体化しようとすると、常識的にモノラルかステレオのイヤホーンのいずれかを選ぶことになること、せっかくステレオの信号が出力可能とされている以上、このステレオの信号を用いてステレオ音響を聴けるようにすることは、当然である。

(3)  以上の点を考慮すれば、引用例1には、携帯できるカセット筐体においてイヤホーンで聴く際、課題又は目的としてイヤホーンをステレオ化しようとすることが実質的に記載されているに等しいものである。

2  取消事由2(一致点の認定の誤り)について

(1)<1>  審決が引用例1から認定した発明は、

ステレオ装置と携帯用小型テープレコーダーに兼用できる小型カセット筐体であって(甲第3号証明細書3頁第7行、8行)、

このカセット筐体5内には少なくともメカ機構及び録音回路、ステレオヘッドを内蔵しており、12は録音、再生、早送り、巻き戻し用の操作釦、13はカセット蓋のエジェクト釦である(同2頁6行ないし9行、第3図(別紙2第3図参照))。

このカセット筐体だけをポケットに入れたり、手にさげたり、かばんに入れたりして携帯・・・。必要に応じて、イヤホーンで聴ける簡単な再生回路を内蔵するようにしてもよい(同2頁13行ないし18行)。

全体がコンパクトにまとめられている(同3頁5行)というものである。

<2>  上記記載によれば、引用例1の小型カセット筐体は、もともと携帯可能なものである。

したがって、「音響を聴取中に使用者の身体の運動を妨害することなく使用者が自由に動き得ると共に手を自由に使用できるように使用者の身体に保持されて操作される個人用携帯音響聴取装置」の点で、本願発明と引用例1に記載された発明とが一致するとの審決の認定に誤りはない。

(2)  さらに、上記のとおり、引用例1には、「必要に応じて、イヤホーンで聴ける簡単な再生回路を内蔵するようにしてもよい」旨が記載されていて、再生回路を内蔵することが不可能ではない以上、引用例1には、「カセット筐体内に再生回路を内蔵し、イヤホーンを備えた聴取装置」が記載されているものである。

したがって、本願発明と引用例1に記載された発明とが、「増幅手段からの出力信号を受け取り音響を再生する音響再生手段である音響イヤホンと、からなる聴取装置」の点で一致する旨の審決の認定に誤りはない。

3  取消事由3(相違点についての判断)について

(1)  審決は、本願発明と引用例1に記載の発明との相違点の判断に際し、前記1に記載した引用例1に実質的に記載されている発明の課題、すなわち、携帯できるカセット筐体においてイヤホーンで聴く際、課題又は目的としてイヤホーンをステレオ化しようとすることに基づいて判断したものである。

(2)  そして、身体に付け、かつ、ヘッドホーンでステレオ音響を聴取可能にする思想が引用例2として存在することから、

引用例1に記載の発明においてステレオイヤホーンを用いることに格別の困難性がない(相違点1)、

また、ステレオ音響を具体的に聴取可能にするためには、再生回路のステレオ化を当然行う必要がある(相違点3)、

さらに、イヤホーンもステレオ用のイヤホーンを当然採用しなければならない(相違点4)、

並びに、ポケットに入れて携帯できるものをあえて保持具を設けるかは適宜実施しうる程度のことにすぎない(相違点2)、

さらに、携帯性を損なわないようにするために、電源を別体にすることは常識では考えられず、電池を内蔵させることは当業者が当然実施し得る程度のことにすぎない(相違点5)

と判断したものであり、審決の判断に誤りはない。

理由

1  取消事由2(一致点の認定の誤り)について

(1)  本願発明の要旨及び審決の引用例1の記載事項の認定(審決の理由の要点(2)<2>)は、当事者間に争いがない。

(2)  そうすると、本願発明と引用例1に記載された発明とは、審決の理由の要点(3)<1>に記載の点で一致していると認められる。

(3)  原告は、両者は「音響を聴取中に使用者の身体の運動を妨害することなく使用者が自由に動き得ると共に手を自由に使用できるように使用者の身体に保持されて操作される個人用携帯音響聴取装置」の点で一致する旨の審決の認定は誤りである旨主張する。

<1>  しかしながら、甲第3号証によれば、引用例1には、次のとおり記載されていることが認められる。

「このカセット筐体5内には少なくともメカ機構及び録音回路ステレオヘッドを内蔵しており、12は録音、再生、早送り、巻き戻し用の操作釦、13はカセット蓋14のエジェクト釦である。」(2頁6行ないし9行)、

「このようにカセット筐体部分をステレオ装置と携帯用小型テープレコーダーに兼用できる」(3頁7行、8行)、

「本考案はこのように構成されているので屋外に出て録音する時はカセット筐体5を持ち上げて外し、このカセット筐体だけをポケットに入れたり、手にさげたり、かばんに入れたりして携帯すれば内部には少なくともメカ機構、録音回路、ステレオヘッドが内蔵されているので自由に録音することができる。必要に応じイヤホーンできける簡単な再生回路を内蔵するようにしてもよい。」(2頁12行ないし18行)、「ステレオカセットテープを買って来るとステレオのHi-Fi音を楽しむことができ、・・・」(3頁4行、5行)

<2>  これらの記載によれば、引用例1には、スピーカ筐体から外して使用し、必要に応じてイヤホーンで聴ける簡単な再生回路を内蔵するカセット筐体が示唆されているものである。さらに、引用例1に記載された発明は、「カセット筐体だけをポケットに入れ(る)」ものであるから、「使用者の身体の運動を妨害することなく使用者が自由に動き得ると共に手を自由に使用できるように使用者の身体に保持されて」いるものである(なお、取り付け手段の有無についての本願発明と引用例に記載された発明との相違については、相違点2として取り上げられているものである。)。

<3>  したがって、両者は「音響を聴取中に使用者の身体の運動を妨害することなく使用者が自由に動き得ると共に手を自由に使用できるように使用者の身体に保持されて操作される個人用携帯音響聴取装置」(甲第1号証6頁5行ないし8行)の点で一致する旨の審決の認定に誤りはなく、これに反する原告の主張は理由がない。

(4)  さらに、原告は、両者は「増幅手段からの出力信号を受け取り音響を再生する音響再生手段である音響イヤホンと、からなる聴取装置」の点で一致する旨の審決の認定は誤りであると主張する。

しかしながら、引用例1には、前記(3)<1>に説示のとおり、「必要に応じイヤホーンできける簡単な再生回路を内蔵するようにしてもよい。」(2頁17行、18行)、「ステレオカセットテープを買って来るとステレオのHi-Fi音を楽しむことができ、・・・」(3頁4行、5行)と記載されており、引用例1には、カセットは録音装置であると同時に、再生回路を内蔵しイヤホーンを使用する聴取装置であることも記載されているものであるから、この点の審決の認定に誤りはなく、これに反する原告の主張は理由がない。

(5)  よって、原告主張の取消事由2は理由がない。

2  取消事由1(課題の設定の困難性)について

原告は、根本になる発明思想がなければ、個々の要素をそのように改変し、全体の構成要素を組み合わせることが容易ということにはならないところ、本願発明の目的は、「ステレオ音響を聴取中に使用者の身体の運動を妨害することなく使用者が自由に動き得るとともに手を自由に使用できるように使用者の身体に取付けられて操作される」ことにより、動き回りながらどこでも聴取でき、「一対の小型軽量化された両耳式のステレオ音響イヤホーン」により、電車の中のようなところでも他人の迷惑にならないでステレオ音響を楽しむことを可能にするというものであり、引用例1からは、このような本願発明の発明思想に思い至ることはできない旨主張する。

(1)<1>  しかしながら、前記1に説示のとおり、引用例1には、スピーカ筐体から外して使用し、必要に応じて、イヤホーンで聴ける簡単な再生回路を内蔵したカセット筐体が示唆され、また、そのカセット筐体だけをポケットに入れることが記載されているのであるから、引用例1には、使用者の身体の運動を妨害することなく使用者が自由に動き得ると共に手を自由に使用できるように使用者の身体に保持されて操作される個人用携帯音響聴取装置との技術思想が示唆されているものである。

これに反する原告の主張は、引用例1の記載を無視するものであり、採用することができない。

<2>  しかも、ステレオ音響を含む良質な音響を楽しめるようにすることは、この種の音響聴取装置が当然有している課題であると認められる。

<3>  そうすると、本願発明において、原告主張の課題の設定に困難があったと認めることはできない。

(2)  よって、原告主張の取消事由1は理由がない。

3  取消事由3(相違点についての判断の誤り)について

(1)  相違点1、3及び4について

<1>  甲第3号証によれば、引用例1には、次のとおり記載されていることが認められる(一部は既にした認定と重複する。)。

「本考案は大型のカセットステレオ装置にもなり、又カセット部を取り外せるようにし」(1頁17行、18行)、

「該部には嵌合されたカセット筐体5のスピーカ切替孔7に挿入されるステレオスピーカージャック8が突設されている。・・・カセット筐体5内には少なくともメカ機構及び録音回路ステレオヘッドを内蔵しており、」(2頁3行ないし8行)、

「又カセット筐体5にはステレオヘッドが設けられているので、ステレオカセットテープを買って来るとステレオのHi-Fi音を楽しむことができ、」(3頁3行ないし5行)

これらの記載によれば、引用例1のカセット筐体は、その内部にステレオ用のヘッド(しかも、プリアンプが存在することは技術常識である。)があり、さらに、ステレオ用のジャックが突設されているものであり、ステレオの信号源を有しているものである。

<2>  また、引用例2の記載事項の認定(審決の理由の要点(2)<2>)は、当事者間に争いがない。

そうすると、携帯用の音楽等を再生する機器において、ステレオ型ヘッドホーンを使用することは、本願出願当時公知である。

<3>  そうすると、引用例1に記載されたステレオヘッドを備えてHi-Fiステレオ電気信号を出力することが可能であり、かつ、イヤホーンでも聴けるカセット筐体において、該イヤホーンで聴取する際、Hi-Fiステレオ音響を聴取可能なように内部の回路及びイヤホーンを構成することは、当業者が容易に行うことができたものと認められる。

また、弁論の全趣旨によれば、HiFiステレオにおける「HiFi」は、一般に「高忠実度」の意味で用いられていることは周知のことであり、上記のようにカセット筐体でステレオ再生を行う際、高忠実度にするか否かは、回路選択、回路内のバイアスの設定や、部品の仕様の程度等によって定められる設計事項にすぎず、通常Hi-Fiが選択されていたものと認められる。

また、引用例1において、イヤホーンをカセット筐体と物理的に隔離することも、カセット筐体をポケットやかばんに入れて携帯するとの記載からみて、当然採るべき構成にすぎないと認められる。

さらに、ステレオイヤホーンをどの程度小型軽量化するかも、必要に応じて適宜設定し得ることにすぎないと認められる。

<4>  原告は、引用例2はラジオ受信機であり、本願発明とも、また引用例1の音響再生装置とも用途も構成も異なっており、引用例1と引用例2を組み合わせてみるという発想は当然に出てくるものではない旨主張するが、ステレオ型ヘッドホーンを使用することはステレオ型音響再生装置からの聴取の一形態であるから、引用例1に記載されたカセット筐体に引用例2から把握されるステレオ型ヘッドホーンを組み合わせ使用することは当然のことであり、これに反する原告の主張は採用することができない。

<5>  したがって、相違点1、3及び4についての審決の判断に誤りはない。

(2)  相違点2について

甲第5号証によれば、実公昭42-7377号公報には、「ポータブルラジオのケースは、上述したようにケース1の一側に肩掛け用ベルト7を挿通し得る一対の透孔9、9を設け、必要時にこの透孔9、9に肩掛け用ベルト7を挿通して携帯者の腰に確実に巻止めする」(2欄17行ないし21行)と記載されていることが認められ、この記載及び第2図の記載によれば、携帯用電気機器を身体に取り付ける手段は、本願出願当時周知のものであったと認められる。

したがって、引用例1のカセット筐体において、このような身体に取り付ける手段を設けることは、適宜実施し得る程度のことにすぎないと認められる。

したがって、審決の相違点2についての判断に誤りはない。

(3)  相違点5について

引用例1のカセット筐体は、ポケットやかばんに入れたりして携帯して単独で用いるものであるから、携帯性を損なわないようにするために内部に電池を設けて動作させるなどしてカセット筐体に接続されたバッテリを備えている電源手段を有するようにすることは、当業者が当然実施し得る程度のことにすぎないと認められる。

したがって、審決の相違点5についての判断に誤りはない。

(4)  以上によれば、審決の相違点についての判断に誤りはなく、原告主張の取消事由3は理由がない。

4  結語

よって、原告の本訴請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成11年2月23日)

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

別紙1

<省略>

別紙2

<省略>

別紙3

<省略>

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